特攻を美談にしてはいけない、それは絶対。ただ、そこから何を感じるか、何を自分事とするかっていうのは、年齢や立場で違ってくるだろうなと思う。若者の家族への思いを軸に見るのか、そんな風に追い込んだ国の政治のあり方を軸に見るのか、戦争そのもので見るのか。
最近、ドキュメンタリーなどで触れられるようになってるけど、同じ特攻でも、人間魚雷の無惨さは、もっと知られるべきではないのか、と思う。
言葉は良くないかもだけど、飛行機は、絵になる、ロマンになる。青い空と青い海を背景に散っていく。映画になって美しい涙を流させてしまう。
でも、回天は、あれは本当に乗り込んだら終わり。暗く狭い空間に押し込められ閉じ込められ(本来、人が乗るべきものではない)、脱出装置は邪魔になるからと装備されず。暗い海の中に発射される。その孤独、恐怖。美しい涙を流させる映画にはならない。絵にならない。無惨、と言う言葉しか浮かばない。
野田地図の「逆鱗」で、登場する人魚が人間魚雷のことだと気が付いた時の震え。
知覧で学ぶなら、人間魚雷回天のことも知ってほしいと思ってしまうのです。