川島むーのお茶祭り日記

お茶祭り企画代表、川島むーの心に映り行くよしなし事を、あれこれと

思う日

 2013年から毎年買っているカレンダーは、3月11日のところに何も書かれていないが、枠の中の色がグレーになっている。
 5年前の今日と、それからの日々。薄れていく記憶がある一方で、断片的に残る記憶は、むしろくっきりと鮮明で、多分それは焼き付いていて、この先も残るのだろう。



 忘れないために、5年前の写真と今日の写真。
 あの日の18時頃。電気が止まり、このあとどんどん闇が深くなっていく。
 そして今日の19時頃の写真。明るいね。節電、としゃかりきになっていたのは何だったのか。なにか、忘れていないか、と自戒を込めて。


 数日後のドラッグストアに貼られたお知らせ。

 あの時、テレビでは国会中継。聞いたことの無い音がテレビから響き、揺れが近付いてきて、多分、ここより先に揺れ始めた国会。テレビの中でも議員さん達が不安げな顔であたりを見まわし、バシッと電気が切れた。誰もが初めての体験、誰もが不安で、なす術がなくて、それは、大人も子供も、男も女も、先生も生徒も、社長も社員も、皆があの瞬間、どうしようもなくポカンとした顔をしていたのだ。

 ひとりで迎えた夜。翌日、家にいたくなくて、取り敢えず出掛けたスーパーで、会社の非常用袋を背負って帰って来た夫と落ち合った時の泣き笑い。たまたま出張で東京にいて、そのまま幕張に応援に行く事になった妹の身を案じた数日……
 
 5年と言う時間は大人にとってはあっと言う間。でも、子供にとっては遠い、と学童にいると思う。今年、卒所する子にとって、それは1年生の終わりの出来事。まして、今、低学年の子にとっては、揺れの記憶すらなかったりする。
 伝えていくことの難しさを感じる。それでも、阪神淡路も、東日本も大人になって(ほんの、はしっこでではあるけれど)経験した身として、機会を見つけて、ささやく。いつか来る直下型への心構え。身の処し方。この子達を、ひとりも失いたくないと思う。