昨日に続き、エデュケーション・ワークショップ。
昨日のワークで登場した少女の物語を展開させながら、そこに、色々なドラマ(演劇)の手法が盛り込まれている(海外では、授業としてドラマがあったりします。今回の講師も肩書は英国ミドルセックス大学PGCEドラマ(ドラマ教師養成)課程主任教官)。
全体で一つの流れを持たせる。それは、ワークショップのプログラムを作る時に、常に考える事だけれど、なるほど〜。これだと、すごく演劇的だ。いつの間にかお芝居をし、他者を想像している。すべての活動が、ただ繋がっているのではなく、はっきりと一つの筋が通っていると言うのかな。
あと、常にフォーカスを明確にする事の大切さを実感。
昨日は「よく、ちゃんと聴きなさいと言うが、聴き方を教えていない。」と言う話があったが、今日は、他のグループの発表の際に、こう言うところを見て、と言う声掛けがあった。そのひと言で視点が明確になり、集中して見る事が出来るのだ。
うん、考えさせられた。
漫然と見なさい聴きなさいと言う事で、本来楽しめる時間を我慢する苦行の時間にしていないだろうか。見ること・聴くことを楽しむ術を伝えられているだろうか。積極的に主体的に取り組むための手助けが出来ているだろうか。
最近の博物館や美術館でワークシートなるものがあるのも狙いはそれなんだろうけれど、今度はそれ任せになって、シートをこなす事が目的になってはいないか?ああいう場所で、肝心の展示物をロクに見ずに、文字ばかりうつしている子供の姿を思い出す。
つまりは、大人よ、手は抜くなと。
問題は、日本の授業にはゆとりが無いと言う事。ドラマの時間は無いものなぁ。どこの枠でやるのか。
低学年の場合にはどうすすめればいいだろう。色んな年齢の子が集まる場合は?
5時間(+休憩1時間)の間、楽しくワークを進めながら、常に、それをどう考えるかと言うのが求められる。質問される時間もかなりあるわけで、楽しいワークショップ受けてリフレッシュ!と言うだけではないのが今回のワークショップ。ファシリテーターとして、どう生かしていくか。頭の中がグルグルしておるよ〜。