川島むーのお茶祭り日記

お茶祭り企画代表、川島むーの心に映り行くよしなし事を、あれこれと

ゴーシュ本

 図書館で、筑摩書房の新校本・宮沢賢治全集の11巻を借りる。『セロ弾きのゴーシュ』が載ってる巻。これを手にするのは何度目だろう。

 宮沢賢治と言う作家の特殊なところのひとつは、この全集にあるなぁと思う。
 死後、原稿を集め、整理し、研究し、まとめられた校本全集は、全19巻。そして各巻、「本文篇」と「校異篇」に分冊されている。ひたすら書き直し推敲しつづけた作家である。
 校異篇を見ると、最初はどんな原稿だったか、今、なぜこれを最終形としているか、などが判るのだ。これが、ほんと、細かい。膨大。

 ちなみに、『セロ弾きのゴーシュ』、草稿段階では猫はアベマリアだし、子狸は太鼓じゃなくて長唄だし、鷺のバレーって、どんなの?
 猫はチーズまで取っていたらしいし、ゴーシュは譜の終わりから逆に弾くと言う芸当?をしてるし。
 作品が、どんどん絞りこまれていった様子が判って、どきどきする。

 今日、気がついたのは、私がとても大切だと思っている一言が、最初は違っていたこと。その一言が違っていたら、今の私のゴーシュは無い。全く解釈が違ってくる。だから、宮沢賢治がこちらに変えたと言うことは、うん、ここがポイントだと言う私の解釈、間違ってないよな。と思いを強くする。

 ここは?と迷った時は、この校本全集を確認する。作家、宮沢賢治の息遣いを確かめるのだ。

 今日は図書館でもう一冊。梅津時比古『《ゴーシュ》という名前』。ゴーシュと言う名前が、「カッコウ」のドイツの古い方言に由来するのでは?と言う説。うむむ、面白いぞ。そして、アルノー・ホルツと言う詩人が気になってきたのでありました。