川島むーのお茶祭り日記

お茶祭り企画代表、川島むーの心に映り行くよしなし事を、あれこれと

岩手日記〜大槌へ〜

 午後。
 三陸の海を見ておきたい。
 ここでも土屋氏のアドバイスをいただき、バスで大槌方面へ。浪板海岸に行ってきました。
 まだ、5年。5年たって、まだ。
 こういう場合、詩と言う形になってしまうのです。(帰宅翌日のSPIRITで詠みました)



「槌音の町」
花巻から釜石へ
線路は続く
釜石線
かつて軽便鉄道と呼ばれた
宮沢賢治銀河鉄道を走らせ
信号機のシグナルとシグナレスの切ない恋物語を夢想した
ごとごとカーブとトンネル響く警笛
(明日はSL銀河号が走るとか)
民話のふるさと遠野を過ぎて
(明日はここでカッパ釣り)
終点・釜石
鉄の工場からの煙が立ち上る
壁に引かれた赤いラインは
あの日を示す
そこからはバスに乗る
途切れたままの線路
ごとごとと
バスは行く
土と草っ原と造成工事の景色
ここを見てくれと
あの日のままの建物の
そばをぐるりと回り
バスは行く
吉里吉里国を通り
海へ
海へ
降り立ったそこにあったのは
美しい海
果てしなく広がる
穏やかな波が寄せては返す
あの向こうにはドン・ガバチョが暮らす島もあるはず
あまりに美しく
時間を忘れて眺めているが
かつてあったと言う美しい砂浜は無く
バス道から海岸へ降りる階段は草で覆われ
看板は枠だけが残り
不自然な場所に転がるテトラポット
浪の音に交じって聞こえるのは
槌音
ここは
大いなる槌音の町
振り返れば
鮮やかな団地造成地の看板
けれど
いまだその完成した姿は思い描けない
帰りのバスを待つ数分
言葉を交わしたのは
母に近い年齢の
おばちゃん
畑仕事の手を休めているところに
なんとなく目が合って
挨拶を交わし
バス待ってるの?
ここは時間通りに来るよ
(心地良い岩手の言葉の再現は私には無理だな)
私の思いを汲み取ったように
そこまでが流されたのよ
あの民宿は少し高かったから助かったの
指さし示す
あなたは?
と言葉にはできなかったが
目が問うていたやろか
私はね、すぐに逃げたから助かったの
ほら、あの軽トラを運転してね
振り返れば
確かにそこに
風景の一部であった軽トラが
にわかに存在感を増して迫ってくる
梅雨の晴れ間の日本晴れ
青空と青い海を背に
汗を拭きながら笑顔で語る
おばちゃん
どれほどの形相でハンドルを握っていたんやろ
母と変わらない年齢であろう彼女の
味わった恐怖
あぁ、ほら、バスが来たよ
別れがたく
手を握り
会えて良かった、それは
おばちゃんが生きていてほんまに良かった
と言う意味だと
届いただろうか
私もあなたに会えて良かったよ

握り返した手の
力強さ
やさしさ
どうかお元気で
バスに乗り込み
手を振って
「私は、助かったの」
おばちゃんはそう言うた
私は、と
助からなかったたくさんの命
あの美しい海が
どれだけの命と暮らしを飲み込んだのか
おばちゃんの大切なものを
奪ったのか
私は助かったの……
あの軽トラで……
会えて良かった……
その笑顔を浮かべるまでに
どれほどの時がかかったのか
その地に立ってもつかみ切れなかった
圧倒的なあの日の現実が
軽トラ一台の姿で
迫ってくる
動画や写真でどれだけ想像しても追いつかなかった
圧倒的な
現実
釜石まで戻るバスの中
涙をこぼすまいと
やっぱり来てよかったんやと思う
海は
あの日を忘れたように
どうしようもなく
綺麗で
広がる水平線
でも、
砂浜は消え
それでも
サーファー達よ戻って来いと
新たな施設も建っていた
どこまでも続く
造成工事と
草っ原の景色の中
バスは行く
ここは
大いなる
槌音の
響く町
ひょっこりひょうたん島
浮かぶ町